卒業者への課題

  • 2008/05/17(土) 03:13:37

今週はつれづれなるままに還暦がお送りします。

つれづれなるままに −3−

業界の会合で、ある会社のオーナーが、私にRBS卒業を聞いたと、話しかけてきました。
彼は、仙台でも大手企業のオーナーで、年は40歳ちょっと。慶応大学のMBAを2年前に卒業したそうです。
彼曰く
MBAは知識の勉強も必要だが、人脈形成にこんなすごいところは無い。2年間、いろいろな業界の人たちと交流でき、いろいろな業界のことを知ることができ、いうなれば大きな異業種交流会ですね。それなのに慶応のMBA出身者、卒業したとたんに、連絡が取れない人が多いのです。もったいないですよね。

私の手元に、稟議書が1通回ってきた。その稟議書には、弊社のHPのリニューアルを含め、今後どうしたらHPへのヒットを増すことができるか、そのためにはこのくらいの費用がかかるという内容。作成した本人弊社のIT関連の保守をしている人間。そこには私では判断できない事項や、何しろ苦手なIT用語が羅列してあり、私では判断不可能。
そこで同級生のKさんがその方面に詳しいことを思い出し、メールで判断を依頼。Kさんの判断に従い決済。その後2週間でヒット数は上昇の一途、また問い合わせも多くなり、仕事として決まったのも5件に及ぶ。決済をしてくれたKさんに感謝、感謝。

インドはご存知の通り、ソフト産業がこの数年外貨獲得がんばっている。インドでは夕食に自宅に招待することが一番のもてなしであり、親愛のしるし。ある家庭にお招きをいただいたとき、ちょうどお子さんが玄関で泣いていた。そこで携帯を取り出し、同級生のMさんから送信された動画付メールを見せてあげたところ、子供はびっくりして泣き止んだ。
その場からまたMさんにメールをいれインドにいてこのようなことをしているとメールをしたところ、数本の動画付きメールを送信してくれた。早速子供に見せると喜ぶこと喜ぶこと、また大人も食い入るように見てくれている。翌日仕事の話し合いの環境が良くなり、商談がスムーズに。Mさんに感謝、感謝。

今同級生のKさんが集まろう。これだけの人がいるのだから何かできるのではと声をかけてくれ、約20数名が登録したという。

同級生のKさんが、今後もゴルフやろうよとメーリングリストを作成してくれ、7月頃にプレーしようと企画してくれている。

同級生のNさんが呼びかけた勉強会、かなりハードな内容にもかかわらず数人があつまり、勉強会を開始している。

3期生のIさんが呼びかけ人となり、再結成した産業研究会も、Nさんが再結成した研究会も、その他いくつかの研究会が活動をしている。

先輩方が努力して作ってくれた、立教ビジネスデザインOB会も昨年正式に校友会として発足し、今年どのような形で催しものをしたら、皆さんが参加してくれるのかを喧々諤々とメールでやり取りしており、そのうちに連絡が回ると思う。卒業生は約400人近い。
しかも、現役の人をも巻き込んでという相談もしている。

個人的に友人との会合もいい。でもこのように皆さん人脈を切らさないように或はより広げようと、或はもっと自分自身のスキルを上げようとしている。そのような「場」がRBSを卒業しても用意されている。その場をいかに活用するかは自身の判断による。
そこで価値を見つけるのは自分自身、でも参加しなければその価値すらわからない。

ご存知のように、MBA教育方法はアメリカ原産。
世の中では「MBA卒業生は理屈ぽくって」「MBA出たからすぐに経営ができると思うのは甘い」「MBA卒業者は使いにくい」「MBA卒業しアメリカの会社でCEOになり、成功した人もいるが失敗した人のほうがはるかに多いのでは」等々の話。でもこれはまだMBAという存在を知っていっているから良い方。
私くらいの年齢集まりになりますと、「MBAって何」「立教にMBAという学部ができたんだ」という位の知識しか持たない人が多い。
日本の会社、社会ではまだまだ「MBA」という存在が誤解され、知られていないことは事実。「MBA卒業者」がMBAホルダーであるが故の先行事例、成功事例等を作っていかない限り、日本社会でMBAホルダーが認知されるのは難しいというのが今の率直な感想。

認知してくれているのは外資系、コンサルタント会社等、ゆえに認知してくれている所に多くのMBAホルダーが集まるのは仕方がないこと。MBA卒業者=コンサルタントということになり、MBAはコンサルタント育成所的に見られてしまうことも事実。
MBAは英語授業が多く、ゆえに外資系にいけるという、英語学校的存在に見られていることも事実。

違いますよねー。
でも日本社会は実績主義、実績を残さなければ認知されない社会。
どのように会社で、社会で実績を上げ、残すか。
卒業者への課題ですね。

RBS5th
還暦

踊り場

  • 2008/05/14(水) 19:34:19

今週はつれづれなるままに還暦がお送りします。

つれづれなるままに −2−

広葉樹の葉落ちる。
と、先生に教わったのは、もう40年以上前のことである。ゆえにいつ教わったのかは定かではない。きっと小学校か中学時代の理科の授業で教わったと考えられる。

広葉樹の葉落ちる。
と、自分自身で広葉樹の葉の落葉を見た時は表現したわけである。

助詞の一字違いですが、大きな違いに気づいたのはいつのことだったか。

この一字の違いがわかった人がRBSへの入学を決めた方々ではないだろうか。
もっとこうしたい、ああしたいという自分自身への欲望が、スキルをあげるという気づきになり、入学した。
あの先生の授業は重い(私には不理解の言葉です)、私はこの方向思考だからこの授業は関係ない。ビジネスプランや論文、調査研究にすべてをかけて、2年目の授業はほとんどとらない。グループワークは、時間を合わせるのが大変という建前論を述べ、グループワークは避けられるだけ避けた方々。この2年間、いろいろな発言や言葉を聴きました。
仕事をしながら、勉強する。削るのは寝る時間しかない。それを覚悟しても、自分自身のスキルを上げたいという思いのはず。
本当に勉強をするのには2年間は短すぎる。学ばなくてはならないことが多く、科目も多く全部履修なんて夢また夢。
当時、ベーシックマネージメントを担当していただいた先生が(先生もアメリカでMBAを終了した一人)、MBA時代を振り返り「あんなにつらい時期は無かった。もう一度機会がありMBAにといわれても2度と行きたくない」とお話をしてくださいました。でも「だからこそ、終了したときの満足感は大きいのです」というお話をその後すぐに、付け加えられました。
スキルをあげるということは、ぶつかっていくことであり、逃げないこと。

踊り場
だれがつけたか、階段の途中に踊り場という場所がある。
単に休む為の場所ではなく、次のステップを登る力を養う場所。

仕事でも、人生でもこの2年は「踊り場」ではなかったのだろうか。
そのように思えば、卒業は次のステップの始まり。
前のブログでミスアバさんが、終了式の時の礼拝で(卒業礼拝)北関東教区主教の説教の一文、よきサマリア人の話を書いていらっしゃいました。
(内容につきましては、ミスアバさんが、3月に書き込んだブログを見てください。また、聖書をお持ちの方は「ルカによる福音書」第10章第26〜37節が引用部分です)
ミスアバさんのブログにおける解釈はすばらしいものです。でもなぜ主教は数ある聖書の言葉より、卒業礼拝に際してこの言葉を選んで説教したのでしょうか。
「あなたも行って同じようにしなさい」という、最後の言葉を示したかったのだと思います。この言葉の実行を、「いざ我らいでゆかん。主のみ名によりて、アーメン」という言葉で最後は締めくくったと思います。
主教は、踊り場から次のステップを踏み出しなさい。勇気と志を胸にという様におっしゃられたのだと思います。

卒業者の方々、次のステップへ踏み出しましょう。
楽しかった2年間の思い出を胸に秘めて。


今年から立教大学では「セカンドステージ」として、私くらいの年代(団塊の世代)を対象としたコースを設立いたしました。総長にお会いしたときに、「どうですか」と進められましたが、

「あと5年、ファーストステージでがんばります」とお答えいたしました。

RBS5th
還暦

37年何もしていなかったわけではなく

  • 2008/05/12(月) 21:42:06

今週はつれづれなるままに還暦がお送りします。

つれづれなるままに −1−

【お袋曰く】
何でこの年になって、いまさら学校に行くなんて。昔から勉強は嫌い嫌いといっていたのに。
【友人の大学教授】
MBA行くなら、早稲田にこないか。
【同年代の東証一部上場会社の人】
今度、MBAに行くんだって。よく思い切ったな。うらやましいな。私も本当は行きたいのに。思い切れないんで。
【同年代の中小企業の社長】
よく思い切ったよな。うらやましいな。
【息子曰く】
親父、ビジネススクールって何。あ、マスターね。
【学院職員】
何でここにいるの。そうか入学したのか。総長は知っているのか(前総長)?総長がいらっしゃるから挨拶してきなよ。
【前総長(学部時代の先輩で学部時代からの知人)】
おー戻ってきたのか。しっかりやれよ。
【学院職員(入学式後、チャペルの外で待っていてくれて)】
壇上から見たら、君がいたのでびっくりしたよ。研究科に入学したのか。2年、しっかりな。
【研究学科長曰く】
苦手な科目をどんどんとるようにして、苦手意識を捨てるように
【同級生の友人(主婦)】
近頃ちっとも連絡無いと思っていたら、学校に行っているんだって。しかも大変な学校なんだってね。家の息子が「おじちゃんすごいよ。よくやるよ」といっていたんでね。
(彼女の息子さん、早稲田のMBAの修了生)
【大学職員】
近頃、よく構内で見かけると思ったら、研究科に来てるんだってね。たまには寄りなさいよ。
【大学のOB会で先輩から】
兄貴と義理の甥に聞いたんだけどさ、MBAに来てるんだって。しかも甥と同級生だって
【法学部教授(2007年3月定年退官:最終授業にて)】
立教への入学は一緒(教授は私が学部入学した時、東大から立教に助教授として勤務)だったけれど、卒業は僕のほうが1年早いな。
【工業会の専務理事】
論文の資料。必要なもの、全部出しますよ。言ってください。明治以降の資料、相当数あるから。
【○○省の課長】
論文、何書くの。いろいろ協力するよ。この業界でそんな論文無いよね。がんばって。
【業界紙の社長】
うわさで聞いていたが、MBAに行っているの。本当だったんだ。資料は出すから言ってよ。
【学会の事務局長】
オーナーが、自身でMBA。しかもその年で。論文を書くんですか。今までの学会誌全部ありますからご参考になさってはいかがですか。
【友人の大学教授】
論文の書き方。東京大学出版会で出している「知の技法」「新 知の技法」を送るからそれが良い参考書だと思うよ。でも指導教授いるだろう、十分に意見交換しながら仮説を、内容を煮詰めろ。俺らの年齢だと、思い込みが激しいから、よく先生と話をして煮詰めろ。
【研究科事務職員】
面白いですか。それではOB会などでぜひ研究科をPRしてください。PR資料は送りますから言ってきてください。
【友人の大学教授】
論文書くなら、当然統計などを勉強しなくちゃ。授業とってない。教えるよ、おいでよ、とりあえず簡単な僕が書いた本、贈るよ。
【息子曰く】
親父、すごいことやってるんだ。得意先の人が感心してたよ。
【得意先で博士課程後期に通学している技術者】
何しろ眠くて眠くて。社長なのに良く勤まりますね。お互いにがんばりましょう。
【お袋曰く】
昔より、今のほうが勉強しているんじゃないの
【女房曰く】
お母さん、昔はお母さんが学資を出しましたが、今回は自分のお金ですから

学部を卒業して37年。この2年、築き上げてきた、人脈をフルに動員。37年何もしていなかったわけではなく、ここに登場する人々と折に触れて、接触し、人間関係を保ってきた。ゆえに、この2年、知人、友人、同級生などの人脈をフルに動員できたのです。


・・・修了者発表の日にメールで・・・

息子曰く

おめでとう。良かったね。親父面目保ったね。やったね。卒業式には孫を連れて見に行くよ。おじいちゃんが学んだ学校を今から見せておかなくては。

娘曰く

おめでとう。学部で言うとパパが先輩だけれど、立教ということで言うと、私が今度は先輩?卒業式、行く。親の卒業式に出られるなんて想定外だ。

女房曰く

卒業できるとのこと。おめでとうございます。うちの会社には、学歴、知識程度が違う方々が、たくさん働いてくれています。その方々に短気をおこさず、学んだ知識を教えてあげてください。

RBS5th
還暦

ビジネススクールにおける価値

  • 2008/05/03(土) 23:20:38






ビジネススクールにおけるバリューってなんじゃ?


勿論のこと、学習という目的があって来ているわけで
多くの知識を得られることや、自己の強みを伸ばせること、
弱みを補完できること、幅広い世界観を享受できること・・・
など多くの要因が考えられます。

また、起業や転職のきっかけになったという付加価値?もつくことも
あるでしょうし、将来の伴侶や人生を楽しく過ごすべく恋のパートナー
と出逢うきっかけとなることもあるでしょう。
つまり、人生のターニングポイントになる可能性も極めて高いわけです。


私が考えるバリューとは、人間関係性ではないかと。
(人脈というよりも敢えて人間同士の繋がりという関係性)


ビジネススクールには毎年多くの社会人が入学してきます。
そこで出逢う方は、むろん何かのきっかけで入学しなければ
たぶん人生において会うことの無かった人でしょう。

そういう意味では、プロセスはともあれ、ビジネススクール進学という
思考に至った部分については極めて近い感覚を持っていると考えられます。

同期生はともあれ、先輩後輩を含めると自分が在籍している間に250人ほどの
人と接触する機会に恵まれます。教授陣や関係者を含めると300人ほどに
なるでしょうか。



以前、他学の先輩から聞いた話ですが、
大学院の友人とは「戦友」として一生の付き合いとなるそうです。

そんな人間関係を活かすも殺すも自分次第。
己の利益だけに傾注せずに、やってみようかと思うことはドンドン
チャレンジしたら良いのではないでしょうか。
(研究会や他学との連携、本ビジコムなども含めて)

「主体的」に活動することを確実に受け入れてくれるステージが
立教大学院ビジネススクールにはあります。


2年間はあっという間です。
後悔のないよう素敵な時間を過ごしてください。
終わってみれば「楽しい」思い出ばかりです♪



というわけで私の担当は今日をもって終了です。
つまらない話題(しかも説教くさい?)ですいませんでした。
次は7期生の人が書くとか書かないとか・・・
6期生のP子が書いていないっていうからバトンを渡そうかな。

では、またどこかで。

                                      アニキ(Aniking)

文章を書くことは恥をかくこと

  • 2008/04/30(水) 23:59:50

予告通り、恥ずかしい話など・・・

以前、私の愚ログにも記載した話題ですが
K前研究科委員長が↑タイトルのことを仰られていました。

『文章を書くことは恥をかくこと。
 恥をかかねば、良い論文は書けません。
 恥をかけるチャンスは少ないので、チャンスを生かすように』
 



それは忘れもしない昨年の夏。
某書の原稿執筆の際、私の書いた原稿について
K教授は・・・・


・文章が理解できない

・主語と述語が不明確

・文章が長く意味不明

・たぶん、アニキくん(私)も理解不能

・「はじめに」を読むので精一杯



と超ダメだしパンチを見舞ってくださいました。
当人だけのメールならばいいのですが、執筆関係者全員へのML上での
公開処刑につき、このときばかりは、本当に心から凹みました。

でも、どうせ大学院に来てドM化洗脳されているのであれば
トコトンドMになったろーやないかい!!(←なぜ大阪弁??)

と思い直し、開き直って喰らいついた結果、
めでたくOKの「よくがんばりましたね賞」を貰って
その後、本は無事に出版されました。

また、M1の際もこのK教授の授業にて
本当に基礎的な財務諸表の見方を間違えて答えて大恥をかきました。



今思えば、恥をかいてよかったと思います。
恥をかくと人間の学習能力から絶対に覚えますし、
次は絶対恥をかくまいと必然的に100%以上の努力することになります。


結論。

大いに恥をかくべきです



前段の話は論文作成上でいえば、1文は長く書くな!ということでしょうか。
長い方が・・・と思うところですが、短くないと何を書いているのか
わかりません。また主語と述語を明確に!!です。
(↑ランゲージアーツでやりましたね)

M1の方は特に授業で恥を覚悟で積極的に発言(質問)をしてみましょう。
新しい世界観(ドM観?)を享受できると思います。


                                      アニキ(Aniking)