踊り場

  • 2008/05/14(水) 19:34:19

今週はつれづれなるままに還暦がお送りします。

つれづれなるままに −2−

広葉樹の葉落ちる。
と、先生に教わったのは、もう40年以上前のことである。ゆえにいつ教わったのかは定かではない。きっと小学校か中学時代の理科の授業で教わったと考えられる。

広葉樹の葉落ちる。
と、自分自身で広葉樹の葉の落葉を見た時は表現したわけである。

助詞の一字違いですが、大きな違いに気づいたのはいつのことだったか。

この一字の違いがわかった人がRBSへの入学を決めた方々ではないだろうか。
もっとこうしたい、ああしたいという自分自身への欲望が、スキルをあげるという気づきになり、入学した。
あの先生の授業は重い(私には不理解の言葉です)、私はこの方向思考だからこの授業は関係ない。ビジネスプランや論文、調査研究にすべてをかけて、2年目の授業はほとんどとらない。グループワークは、時間を合わせるのが大変という建前論を述べ、グループワークは避けられるだけ避けた方々。この2年間、いろいろな発言や言葉を聴きました。
仕事をしながら、勉強する。削るのは寝る時間しかない。それを覚悟しても、自分自身のスキルを上げたいという思いのはず。
本当に勉強をするのには2年間は短すぎる。学ばなくてはならないことが多く、科目も多く全部履修なんて夢また夢。
当時、ベーシックマネージメントを担当していただいた先生が(先生もアメリカでMBAを終了した一人)、MBA時代を振り返り「あんなにつらい時期は無かった。もう一度機会がありMBAにといわれても2度と行きたくない」とお話をしてくださいました。でも「だからこそ、終了したときの満足感は大きいのです」というお話をその後すぐに、付け加えられました。
スキルをあげるということは、ぶつかっていくことであり、逃げないこと。

踊り場
だれがつけたか、階段の途中に踊り場という場所がある。
単に休む為の場所ではなく、次のステップを登る力を養う場所。

仕事でも、人生でもこの2年は「踊り場」ではなかったのだろうか。
そのように思えば、卒業は次のステップの始まり。
前のブログでミスアバさんが、終了式の時の礼拝で(卒業礼拝)北関東教区主教の説教の一文、よきサマリア人の話を書いていらっしゃいました。
(内容につきましては、ミスアバさんが、3月に書き込んだブログを見てください。また、聖書をお持ちの方は「ルカによる福音書」第10章第26〜37節が引用部分です)
ミスアバさんのブログにおける解釈はすばらしいものです。でもなぜ主教は数ある聖書の言葉より、卒業礼拝に際してこの言葉を選んで説教したのでしょうか。
「あなたも行って同じようにしなさい」という、最後の言葉を示したかったのだと思います。この言葉の実行を、「いざ我らいでゆかん。主のみ名によりて、アーメン」という言葉で最後は締めくくったと思います。
主教は、踊り場から次のステップを踏み出しなさい。勇気と志を胸にという様におっしゃられたのだと思います。

卒業者の方々、次のステップへ踏み出しましょう。
楽しかった2年間の思い出を胸に秘めて。


今年から立教大学では「セカンドステージ」として、私くらいの年代(団塊の世代)を対象としたコースを設立いたしました。総長にお会いしたときに、「どうですか」と進められましたが、

「あと5年、ファーストステージでがんばります」とお答えいたしました。

RBS5th
還暦